拠点を移して

Tsuda Nao in Blog 2012.03.25

相変わらず動き回って2月が風のように過ぎていった。

西国では琵琶湖に浮かぶ島の取材へ出て、船旅にはまだ寒さが
残っていたが、海風が忘れかけていた風景を思い出させてくれた。
近江は夏の風物詩も良いが、湖東の冬は北国にも似た地域がいくつもあり
雪深く好きだ。
だが暮らすとなるとそれなりの知恵と覚悟が必要だろう。
自転車でJR木ノ本駅周辺を走り抜け、古き町並みを横切り、
山へと続く道は抜けが良く心地よかった。
こういうところに差しかかると必ず神社の鳥居が見えてくる。
聖なる大地は昔も今も変わらない。
この辺りの集落には密やかに祀られている十一面観音像が
いくつかあり、以前から訪れたいと思っていた。
文字通り、人々の手によって守られてきた仏像は、時には災難から
逃れるため土に埋められ、時と共に再び光の差す場所へと戻され残った。
神仏から伝わる特有の安堵感は、そうした波乱と隣り合わせに
生きた証によるものだろうか。

仏像を前に目を閉じ、身を出来るだけ小さくし、山から降りてくる
風の流れに従い全身の力を抜く。
するとあたらしい命が身体に吹き込まれ、気が漲ってくる。
こうして力を頂き、日常に帰る。

今日では東から旅に出ても、多くの人々が湖国を知らぬ間に通り抜け、
京都に辿りついてしまうが、近江の懐に一度入ってみてはどうだろう。
案外、未だ見ぬ日本の原野が広がっているかもしれない。

仏像を案内してくれたあるお婆さんはこんなことを言っていた。
「井上靖さんが、良く訪ねに来てくれはってね。まぁ、いつでも
初めてお会いになるような眼差しで拝んでおられましたわー」と。

帰り道に橋から川を見下ろすと、雪解け水で勢いついた川は暴れて
白く濁って見えた。だが平野へ出ると衣変えしたかのように水は透き通り、
さっき見た景色はもうすでに遠くへと流れて去ったかのように澄み渡っていた。

東北へも出掛け、洞窟を訪ねた。
しばらく空気の流れない土の下へくぐってゆくと、
動物の腹の中を歩んでいるような不思議な錯覚が起きた。
地上に戻ったら、いつもならば気がつかない土のにおいがじんわりと
鼻に届き、太陽がいつも以上に眩しく、空気は数倍も美味しく感じられた。

洞窟と言えば、3.11から一年を迎える節目には前から映画を
見ようと決めていたので、ヴェルナー・ヘルツォーク監督によって
その姿が明らかとなった南仏のショーヴェ洞窟を記録した映画
「世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶」を観に行った。
この日には、どうしても人間が古代に描き残した美しい絵画を見たいと
思っていたのだ。だが理由などあってないようなものだ。
とくかく素晴らしい作品と出会い今日を見つめ直すきっかけを
持とうとだけ願って出掛けた。

その他、月末には大きな出来事がいくつか続いた。
11年暮らした横浜から九州に引越したこともその一つ。
かなり突然の決断だったので、こうして驚かすような告知と
なってしまったが、引越しの季節はいつでも嵐のようにやってくる。
僕らしいと言えばそれまでだか、思い切って基盤を変え、
あらたなる旅へ出ようと思い、関東からの引越しを決意した。
よって今後はここ福岡が暮らしの拠点となる。
とは言っても東京を中心に制作の現場や進行中のプロジェクトが幾つか
あるので、月一くらいのペースで首都圏ベースの活動は変わらず続いてゆく。
来週も都内にて仕事の打ち合わせやイベント
「THE PHOTO / BOOKS HUB TOKYO 2012」への出演なども
予定しているので興味のある方はのぞきに来て欲しい。
どうやら表参道に本屋が集結し、賑やかなことになりそうだ。

ここ数日の九州は風が強く、24日には中国内陸部の砂漠地帯で巻き上げられた
黄砂が西風に運ばれ届き、観測された。今年も春が近づいている。

今後の予定だが、4月からはしばらくヨーロッパ北部へ旅立つ。
すでにアシスタントは準備に追われ、駈け回っている。
僕らの春は一旦おあずけだな。
もうしばらく冬空の下を突っ走ったら、戻って来ます。

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