ブータンを抜け北インド、そして明日へ

Tsuda Nao in Blog 2011.07.24
旅から戻った。
タイ王国を経由して再びブータン王国へ。
西から東を通る山道を二週間渡って移動。
途中、念願の仏教の聖地などを幾つも訪れた。
昨夏の経験もあり、ブータンでは天候や標高差のある移動、
食事にも随分と慣れた。
それでも唐辛子を主食のように食らうブータン人のような真似をしたら
痛い目に遇うだろう。






その後南下してインドとの国境サムドゥップ・ジョンカを目指した。
予測道り中央ブータンの標高3500M程の移動からかなり標高が
下がってくるので、太陽の日差しがじりじりと伝り身体を熱くした。
北インド・アッサム州で一部の地域でストが行われているというニュースが届いた。
どうやらウエストベンガル州でも大掛かりなストが決行されており、
ブータンから共に移動してきたガイドとドライバーは当初インドを経て
西ブータンへと戻る予定だったが、西インドのストの影響で通過が難しくなり、
彼らは結局国境を越えることなく来た道を戻ることになった。
一緒に過ごした最後の晩、サムドゥップ・ジョンカの街では、
国境における地元情報がまちまちに届いた。
店などでは「明日のインド行きは難しいと思うよ」との声もあったが、
明朝僕らは無事に国境を越えることが出来た。
入国してストエリアの街を横切ると、すべての店などのシャッターは降りており、
機能していなかったが緊張感に満ちていたというよりかは、穏やかにすら感じた。
旅をしていると言葉で受ける印象と実際が違っていることがしばしばある。
だから自分の目で見届けるまでは、いつでも実在と実態は重ならない。
その連続に振り回されそうに思うかもしれないが、ある程度の判断基準を
持っていたら細かいことは気にならなくなる。


その後も北インドでは人々の歓迎を受け、温かい印象が残った。
ストエリアでも車を留め、地元の人々が集うヒンドゥーの寺院へ立ち寄ったが、
とても和やかに時間は流れていた。
案内してくれたおじさん達は訪れた僕らに寺院の装飾にみられる彫刻を眺めながら、
神々の話しや言い伝えをゆったりと聞かせてくれた。
外は太陽が煌煌と照りつけ、ブータンの頃からは想像出来ないくらいに
気温は真夏日そのものとなっていた。
バナナの木は僕らを覆うように茂っていた。亜熱帯では樹が大きく育ち、
動物のように見えてくる。
だからここに一角サイや象が暮らしていると聞いても納得だ。
動物と植物はどこの地域でも一体感がある。





夕暮時のインドは言葉を失う程、美しかった。
黄色い太陽の下、日陰はより涼しく映り、水辺のように思えた。
砂埃に混じり走る車窓の外に時々すれ違う家族の輪が木陰と重なり、
笑顔が果実のように輝く光景に目を奪われながら、グワハティへ向かった。
国際空港のあるグワハティは北インドを拠点に動く際には
便利な場所だが、ほとんど知られていない場所でもある。
時々インド特集といった記事などが雑誌でも見られるが、
そうした際にも外されることの多い地域だ。
だが、僕にとっては興味のある民族などが暮らす地域でもあるので、
いつか再びゆっくり訪れたいと思う。

帰国をしてからは、留守中に溜まっていた仕事にやや追われているが、
ここ数日でやっと日本のペースを取り戻した。
移動が多いと同時に速度調整がいつでも必要になってくる。
国や地域によって、価値も違えば、とうぜん流れる速度が違う。
それは時間だけのことではなく、流れとはもっと古い時代から
脈々と受け継がれた、今日を築いている軸みたいなものだ。
食の世界はその地域を上手く伝えている場合が目立つが、
僕らは味覚に留まらず五感を通して世界をより立体的に捉え、
今日を見つめるために経験を生かさねばならない。

旅から戻ったら「時差がまだ残っていて…」ということを良く耳にするが、
僕は「食がまだ身体に残っている間は…」というずれをいつも感じながら過ごしている。
でもそれが身体を通過したら、日常が戻ってくる。
そうやって旅人は生まれ変わるが、それはもとの場所へ還ることではなく、
あらたな姿となり、生まれ変わることに「明日」ははじまる。

まだ身体も本来ではないようだが、向こうで過ごしてきた日々を
次へ繋げる準備をしたいと思う。
それが写真という形態なのか、言葉に変換されるのかまだ分からない。
向かうべき姿は、いつでも形状ではなく、質的なものでありたいと思う。

先立って秋口にはブータン関連のトークイベントなど企画も進んでいる。
あらためて決定次第お知らせしたいと思う。

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