残された爪痕

Tsuda Nao in Blog 2010.02.12
東京都現代美術館にて開催中の展覧会、
「レベッカ・ホルン展
-静かな叛乱 鴉と鯨の対話-」を観に出掛けた。
レベッカの作品は機械仕掛けの立体作品や映像作品も素晴らしいものだったが、
中でも「鯨の腑の光」という作品に僕は足を留められた。
REBECCA HORN
衝撃的なARTとは、如何なる時においても人を一瞬でさらう癖がある。
まるで獲物を捕まえた鳥のように。
だから当然のように作品から立ち去る時も、
帰り道の記憶もすべて吹っ飛んでしまい無いに等しい。
この日はそういう日となった。

そして再び眼を覚まし、意識が戻った時、
子供の頃の記憶が鮮明に蘇っていた。
ちょうど小学校の4年生くらいだっただろう。
僕はすでに動物に囲まれるような環境に暮らしていた。
家の敷地には犬が二匹、鶏が四羽、小鳥が六羽程、それに魚が庭の水槽に育ち、
陽が沈み朝にかけては昼間潜んでいた狸がどこからか現れ、庭先に突っ立っていた。
そしてついに新しい仲間までやってきた。

二羽の鴉=カラスだった。まだ灰色の毛をした雛鳥。
巣から落ちた雛を犬が見つけたのだ。
空いていた鳥籠を洗い、住まわすことになった。
巣から落ちた時の衝撃で一羽は足を痛めていた。
だが片方は健康で、見習うように隣で育てた。
毎朝、眼を覗いたがまだ世界をよく知らない様子でただただ怯えている時さえあった。
しかしそれも束の間、それからの日々は犬と共に散歩へ連れ出しては、一緒に過ごした。
人間も動物も同じことかもしれないが、動物は初めに眼を合わせた存在を
親と思い、信頼する。僕らには幾度かそう思える瞬間があったのだと思う。
鴉はなついていた。

飼い始めは、毛先も柔らかく他の鳥が育っていった時と同じように思われたが、
姿を大きくすると共にくちばしは鋭さを増し、羽は黒々と艶を帯びた。
この頃の「眼」を今でも忘れはしない。
なぜなら、その頃から彼らは飛ぶことを覚えたから。
屋根へと羽ばたく姿は一段と姿を大きく感じさせた。
正直、もはや手元で育てる領域は超えていた。

分かれの季節はそれ程遠くはなかった。
一羽は鴉を飼っている風変わりな見知らぬおばさんへ託すことになり、
もう一羽は空へと還した。
手元には奇妙な写真が数枚残った。
玄関扉の前に柴犬と鴉が寄り添い並んでいる写真。

話を戻したい。
会期の最終日がいよいよ迫っている。
機会があれば是非展覧会へ足を運んでもらいたい。
本能に従い、足を進めつつ、我らの胸に隠しているを羽を拡げてもらいたい。

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