農夫の果実

Tsuda Nao in Blog 2010.09.26
「TOKYO PHOTO 2010」が終わり、翌日から長野で開催されていた
「高遠ブックフェスティバル」に参加した。
秋風に揺れる赤いちょうちんを追い、静かな城下町の表通りに出たら、
茶房(角万伊藤園)が目に留まった。
店の奥には蔵があり、偉人達の格言が活版で刷られ展示されている。
ひんやりとした蔵の中でことばを読むと、飴玉を口の中で
転がす時のように自然と力が抜けた。
人間は身体に力が入っていても案外気がつかないものだ。
だからこうして普段暮らしている家を後に旅に出たり、
遠くまでやってくると張りつめた糸が一瞬で緩む。
僕らの身体はまるで弦楽器のようだ。
張ってばかりいても仕方がない。





しばらく古本屋や出店を回り、トークイベント会場へ(元々酒蔵だった仙醸蔵)。
平日にも関わらず多くの方が集まっている。
フォトグラファー・平間至氏との対談は「写真とことば」というテーマで2時間程。
互いの写真家としてのスタイルは全く違うのだが、
平間氏も写真といえばフイルムだけを使い世界を見つめてきた人だ。
そんな共通点もあり、今回はトークイベントの最後、
互いに持参した印画紙を机上に並べ、観客の皆に見て頂いた。
僕も学生時代に焼いていたモノクロプリントなども合わせ、手に取ってもらった。
熱心な学生達からも声を掛けられ、その目に勇気を与えねばとあらためて思った。






一夜明け、舞踊家・田中泯氏を山梨に訪ねた。
常々新たな領域へと挑戦するその身体性と精神性を僕は美しく思う。
そして彼と出会う度に「根源の姿・かたちとは何か」という問いが
僕の中を駆け巡る。
泯氏と話していて思うことは、精神は外部に宿るものではなく、
内部に芽生えるものだということだ。
だから彼は一日のおおかたを農夫として生きる。
土に種を蒔き、育て、その実を頂く。
男はそうして強くなる。
帰り道、もぎたてのイチジクや野菜を頂いた。
皮まで食べられるイチジクを皆でほおばり、
太陽をたくさん浴びた果実に僕らは満たされた。
泯氏は言う、「僕らはクルミとイチジクを大昔から食べてきたのだ」と。




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